日産マーチ・ボレロ

探していた中古の車、マーチ・ボレロがやっと届いたですね。

2004年製と古いのと、ちょっとレトロなフロントグリルが変わってるので、中古もそんなに多くないのか、去年の10月過ぎから探していたにもかかわらず、なかなか見つかりませんでした。

私が実際に見かけたのも、むこう1年くらいで、津山市からの帰り道ですれ違った1台だけだったですからね。

ネットでたまに良さそうなのがあっても、取り扱ってる場所が遠く横浜の中古店だったりして…。

「もう、別の車種にするしかないかな~」なんて思っていたところ、うちの隣の自動車修理工場のMさんが見つけて来てくれました。色もいい感じのパールホワイトのもの。別に高級車というわけじゃなく、他の人から見ればどうということもない車かも知れませんが、この見ためが好きな私にとっては「やっと見つかった~」という感じです。

4か月くらい探していたわけですからね。

大衆車なので、道のデコボコではけっこうガタつきますけど、それだって好きになった女性の短所みたいなもので、「こういうのも、個性というもんだよね~」てなもんですね。

” AMERIKA(アメリカ)”

私は演劇については、まったく何もわからないですけど、昔ちょっとだけ、世田谷パブリックシアターだとか、下北沢のスズナリだとか、阿佐ヶ谷のザムザ阿佐ヶ谷だとかに、演劇を観に行ったことがありまして、これはその時、裕木奈江という女優さんにハマっていて、私は彼女目当てという不純な動機で、演劇鑑賞と称してイソイソ出かけていたのでした。

スズナリやザムザ阿佐ヶ谷なんて、キャパの少ない小劇場なので、けっこうな近さで裕木奈江嬢を見ることができて、なんと言ったってテレビの画面じゃないですからね、ナマの本人を見れるということで私はよろこんでましたね。

そんな中、規模は少し大きいですが、世田谷パブリックシアターでやってた”AMERIKA”というのは印象的でした。

” AMERIKA”はフランツ・カフカ作の不安3部作と言われる長編小説のひとつで、構成、演出が松本修さん。あの奇妙な作品をよく演劇にまとめたものだと、感心する出来ばえで、カフカ特有の不条理と、熱病に浮かされた夢の中のような展開が、細部まで作りこまれていて、みごとでしたね。

にもかかわらず、じゃあ裕木奈江が出てなかったとしても、私は観に行ったかと問われれば、行かなかったでしょうね。

よく出来てはいても、小説と演劇は、まったく別もので、私としてはカフカは小説で読むことの中で、そのすべてが完結しているので、それ以外のものは必要ないという感じだったですね。

(パンフレットと台本)

池の水を抜く

ウシガエルが鳴く前に、池の水を抜いてしまわないといけません。

グズグズしてると、冬眠から目覚めたウシガエルがやって来て、池の中に卵を産み、それがかえって池じゅうウシガエルでいっぱいになってしまいます。

うちの庭にある池は、私の仕事部屋のすぐわきにあるので、そこでウシガエルが鳴き始めるとうるさくて大変です。

すぐそばでトランペット吹かれているくらいの音量です。

数年前に水くみあげ用の電動モーターを買ってきて、池の水を抜いてから、このウシガエル騒音被害にはあわずにすんでますが、冬のあいだほったらかしだった池には雨だの雪だので水が溜まっていて、ヤツらにとって格好の環境になってしまってます。

もう春です。のんびりかまえているとウシガエルはどこからともなくやって来て、池に卵を産み、夏前くらいから「ボワ~ ボワ~」とグロテスクに鳴き始めます。

風情もなにもありません。日本の国土には居てはいけない生物です。

外来種ですからね。

少なくともうちの池には一匹たりと居つかせるワケにはいきません。

電動モーターはホームセンターで2万8千円も出して買ったものです。今年もしっかり働いてもらいます。

アマガエルやトノサマガエル君は居てもいいですけどね。

(池の中の電動モーター)

” 未来世療法 ”

「あなたは地球人ですか?」と聞かれれば、だいたいだれでも、「はい、そうですよ」と答えると思いますが、” 前世療法 ”の著作で有名なアメリカの精神科医、ブライアン・L・ワイス博士の最近作(と言っても2005年刊ですが)” 未来生療法 ”に登場する患者パトリックは違ってました。

彼は当時、31歳。12歳のとき、唯一の楽しみであったSF小説を読むことを、父親から禁止され、それ以来、人生にはなんの楽しみもないと感じ、人との交流の苦手な内気で自己否定的な生活を送っていて、ただ数学は得意だったことから、それを生かしてIT関係の会社で経理の仕事を黙々とこなしているという、うだつの上がらない男性だったようです。

ワイス博士の診療を受けに来たパトリックは、退行催眠の中で自分の過去生を思い出しますが、驚くべきことにそれは6万年前(!)のこと、過去生でパトリックが別の次元、別の天体から、地球に入植した「人間でない」存在だったというものです。

その目的は彼らの惑星が年老いてしまったことと、この地球と、そこに住む原住民の進化に貢献するためだった、というんですね。

それ以来彼は地球で多くの転生を重ね、この人生では、宇宙へのあこがれを抱いた内気な男性として、なんとも満たされない気分のまま、うつうつとした生活を送っていたと…。

まあ、あまりに突拍子もない話しなので、ワイス博士は最初「彼が私をからかっているのではないかと疑った」とありますが、私としましては「そんなことも、あるだろうよ、この宇宙には」くらいに思いましたね。

この宇宙のどこかには宇宙人がいて、その一部は遠い過去に地球に入植して、彼らは転生をくり返し、現在も地球上で人間となって暮らしているなんて話しが本当だったとしても、私はまるでへっちゃらですけどね。

(ワイス博士の著書のいろいろ)

ウオーキング

今日は夕方5時すぎにウオーキング。毎日じゃないですけど、雨の降ってない日、自主トレしない日などは、夕方、川ぞいの道を近くの駅まで歩いてます。

往復で30分弱ですかね。ちょっと前は、5時すぎてると、暗くなっていて、ライトを持参じゃないと、車が来たときなんか危険だったのが、今では日が少し長くなって、歩き終わっても、まだ外は明るいです。

季節はめぐってると実感しますね。道の行き帰りで、人とすれちがうときは、あいさつすることにしてます。

犬を散歩させてる男性なんかは、最初怪訝(けげん)な顔で無言の人もいましたが、2回3回めに会うと、あいさつを返してくれるようになります。

自転車通学の中高校生で、運動部らしい学生は「帰りましたあー!」と大声であいさつしてくれますが、むずかしいのが女子生徒ですね。

こちらから声をかけると、ちょっといやがられる気がして、基本的にはだまってますね。

でも、女子のほうからあいさつしてくれる子もいて、そんなときはこちらも「お帰り~」と、あいさつを返しますけど、ほんわかしあわせな気分になりますね。「なんていい子なんだ」と思います。

学校の帰り道で、すれちがうおじさんにあいさつする女子学生なんて、東京にいたころなんて考えられなかったですよ。こちらからあいさつなんてしようものなら、へたしたら通報されてパトカー飛んで来ますからね。

「帰りました~」と女子中学生、「お帰り~」と私。遠ざかってく自転車の音。いなかの川べりの道は平和です。

” MESSAGE(メッセージ)”

BANK BANDというのは、Mr. Childrenの桜井氏や、プロデューサーの小林武史氏という方々が中心になって、ap  bank  (エーピーバンク)の活動資金を集めるために結成されたバンドということで、メンバーは固定されてないそうです。

ap  bank とは、小林氏、桜井氏に坂本龍一氏の3人が資金を拠出して立ち上げた、環境保護や自然エネルギー事業の促進などに低利で資金を融資する、一般社団法人とのこと。

日本の音楽家が集まって、このような活動をしているのは、本当にすばらしいことですね。

この BANK  BAND  と、女性歌手のSALYUがコラボして歌った曲  ” MESSAGE  ”が、なかなか良かったです。

FMで流れてたのを聞きました。歌詞も良いですね。

この世界の現実と理想の板ばさみの中で、少しずつ前進しながら生きている、すべての若い人への、自然で飾らないメッセージが心に響きます(私は若い人ではないですけどね)。

歌ってる2人の思いが、歌声から伝わって来て、なんだかグッとくる良い曲でした。私は中高校生になったような、少し青い、少年みたいな気分で聴きましたね。

(Bank  Band  with  Salyu  「  MESSAGE  」)

(坂本龍一、初期のアルバム)

自主トレ その2

首を寝違えたというのは、よく聞きますが、ここ最近、私はそれと似たかんじで腰が痛く、フトンから起き上がるのもひと苦労。立ち上がっても体を伸ばすと、腰に強い痛みがあって、まるでおじいさんのようにネコ背になってしまう。

イスに座っていて、立ち上がるのも大変で、「ウ~」とうめき声をだしてしまうありさま。

今日は自主トレの日だけど、さすがに無理かな~、なんて思っていたけど、ためしにゆっくり柔軟してから、腕立てふせ、スクワットと進み、バーベルカール。こちらは左腕でやるとき痛みが以前からあったのが、最近は曲げられないくらい痛い。

でも筋力が衰えるのはイヤなので、バーベル持って腕をL字形に曲げて、その位置でキープすること10秒。これなら痛みはさほどなくて大丈夫。

さて、腹筋。上体を起こすと、最初の2回くらいは腰に痛みがあったけど、それ以降はア~ラふしぎ、特に痛まず100回完遂。

そのほか、コンビネーションなども無事終了して、やる前は、「やるだけやってみて、痛くてダメなら、別メニューを考えるか…」なんて思っていて、そのあたりは臨機応変に対処するつもりではいましたが、まあ、「やってみると、なんとかなるもんだな~」てなかんじで、自主トレ無事終了とあいなりました。

(5キロのを針金でつないで10キロ)

チェレステ

昔に買ったLPレコードで、「これはほとんど知られてないマイナーなものだから、CDにはなってないだろうな」なんて思ってたものが、タワーレコードなんかの輸入盤コーナーの中に、そのCDを発見したりして、、「たいがいのレコードはCD化されてるんだな~」と感心したことがよくありますが、そんなCDのひとつにチェレステ(CELESTE)というイタリアのプログレ・グループのアルバムがありますね。

LPの発売は1976年(日本での発売は1981年)とあるので、1969年に発売されたキング・クリムゾンのファーストアルバム ”クリムゾン・キングの宮殿 ”から7年後、その影響を受けて結成されたイタリアン・プログレッシブ・グループの中のひとつだったらしいのですが、チェレステはキング・クリムゾンほどには先鋭的でも、衝撃的でもありませんが、じつにイタリア的な、しかも中世の良きかおりに炊きこめられた、優美にして典雅な曲調が特徴的なグループです。

でも残念ながら、その活動は、このLP1枚をもって終了してしまったということのようで、あまりにマイナーなので、さすがにユーチューブで探しても見つかりませんね。

当時のLPのライナーノーツに書かれてある通り、「プロである事のひとつの証は、或る水準のものを、一度や二度ではなく、長い間持続させてゆくこと、まずは、そういう力をつけることだとよく言われる~要は創造性でもなんでも、一過性のものでは駄目であると言う事だ」というように、いくら才能があっても、創作というものは持続しなけりゃいけないという、そのことを強く認識させてくれる、そんなアルバムであると言えますね。

そういうことを思いながら私は、その曲調に惹かれて、時々このCDを引っぱり出して聴いて、中世の幻想と郷愁にひたっているという、まあ、そんなことを時々やってます。

(CELESTE レコード&CD)

 

デザイナーのKさん

先日、デザイナーのKさんが亡くなられた、との連絡がありました。

このKさんは、私がイラストの仕事を始めるきっかけとなった、丹波哲郎著 ” 永遠なる霊の世界 ” のイラストを描くとき、お世話になった方で、プライベートな付き合いがあるわけじゃないのですが、私が20代のころから今日(こんにち)まで、時々、仕事の連絡をいただいておりました。

ここ数年は病気だとお聞きしてたんですが、今年1月23日に亡くなられたとのことでした。

私は2月になって、そのことを徳間書店を定年退職されたMさんからお電話いただいて知ったのですが、それからしばらくした2月22日、私の携帯にふしぎな電話がありました。

私が「もしもし」と言うと、雑音の混じる不鮮明な声ですが、相手が「角(すみ)さん?」とたずねるので、「そうですよ」と答えると、少しやりとりがあった後、「声が小さくて聞き取りにくいので、またかけ直すよ」と言うのです。

それきり電話は切れてしまって、私は「よく知っている人だと思うんだけど、今のはだれだったんだ…」と考えてみて、その声や口調はどうも、亡くなられたKさんのように思えたのです。

しばらくして、着信の番号にこちらから電話してみたんですが、つながりませんでしたね。

今は3月初旬、もうそろそろ四十九日を迎えるので、Kさんもこの次元から旅立って行くんだろうな、と思います。

「Kさん、お疲れさまでした。今までいろいろとお世話になりました。ご葬儀にお伺いできなくてすみませんね。この前は電話ありがとうございました。体から離れた気分はどうですか? そしてこれからは、ふしぎの次元に住まわれることになるんでしょうけど、そちらでもどうぞ楽しく、しあわせにお過ごしください」

(庭では梅の花が真っ盛り)

磁力

ホームセンターに棒磁石があるのを発見して、買ってみました。

磁石はふしぎだと思いますね。子どものころ、棒磁石で砂鉄を集めたり、方位磁石で地球の南北を確かめたり、ごくごくなじみの深いもので、磁力なんてあたりまえのように思っていて、とりたてて気にしてなかったですが、S極とN極を近づけるとくっ付いたり、N極とN極、S極とS極を合わせようとすると反発するというのは、よく考えてみると本当に奇妙でふしぎなことだな~と思います。

接着剤で付けたワケでもないのにくっ付き、両方のあいだに何もないのに互いに反発するなんて、この世界では他に経験することのない、非常におかしな現象ですよね。

あいだに何もないのにくっ付くなんて、これに似た現象を探すとなると、重力くらいしか思いつきませんね。

重力だって充分ふしぎですけど、まあ、今回それは置いといて、磁石を近づけたとき、感じる目に見えない力は、じつに異様です。

この力には、本当は宇宙のおおいなる秘密が隠されていると、私はにらんでますね。

まあ、私は物理や数学がじつに苦手なので、その私がにらんでいるなんてのは、まったく説得力のない話しですけど、かの大天才、マイケル・ファラディーだって、重力と磁力を関係づけようとしてたらしいですからね。

ある物理学者は、「空間は実際は沸き立つエネルギーの大釜であり、慣性と重力はどちらも、このエネルギー場との相互作用によって起こる電磁気現象だ」なんて語っていて、そうなると磁気の探求は、やがて慣性や重力の解明にも通じるのかも、なんて思うことがありますけど、もし電磁気力によって、重力のコントロールが実現したら、宇宙空間に飛び立つことは容易になるでしょうから、地球は宇宙の中での鎖国時代を終えて、いよいよ開国といいますか、銀河宇宙への開星なんてことになるかも知れませんよね。

(棒磁石にくっ付くクリップ)