私は20代前半、ドイツ語を勉強しようとしたことがありました。身につきませんでしたけどね。
神田神保町の古本屋でドイツ語の入門書を見つけて買いました。”やさしいドイツ語”(三修社刊 関口存男著)というものです。
この本がよかったですね。語学の入門書なのに、ドイツ的詩情に満ち満ちてました。
例文は著者の関口存男(つぎお)さんが考えたんでしょうね。法政大学や慶応大学の先生だった人ですが、もはや詩人です。
たとえば、こんなかんじ。「また春が来た(デア フリューリング イスト ヴィーダァ ダー)。小川はささやかにせせらぐ。鳥は囀(さえず)る。蝶は花から花へと舞う。天気は麗(うら)らかだ~人間は再び自由を呼吸する」ですからね。
「なんと人生の美しいことよ!人と生まれたということはなんという仕合(しあ)わせであろう!」と人生への賛歌が続き、でも「私は一人きりでいることが許されさえすれば幸福なのだ」となり、「けれども、残念ながら~仕事もしなければならない」と、なんだか気分の雲行きがあやしくなってきます。
さらには「僕(ぼく)の仕事は激働だ。おなかはしょっちゅうペコペコだ」となって、「世間は時々ずいぶん意地悪なことがあるからな」と嘆きます。
「けれどもそんなことはマアなんでもないこと」と思い直し、「僕はしょっちゅう快活だ」と上向いてきて、「まあこの紺碧(こんぺき)の大空を仰いで見たまえ」と、植木等(ひとし)チックにポジティブになり、最後は「そも人間として生まれたということは実に一大奇蹟(きせき)ではあるまいか?」と結ばれる、まあなんとみごとに詩的な例文であることだろうと、当時思ったものでした。
(”やさしいドイツ語”本文より)